あらずじ
剣と魔法のファンタジー世界。魔王ローダンセが異世界侵略を開始し、創造神は世界を人に託すべく、5歳の少女リアトリスに勇者の神託を授けた。 それから20年が経ち、勇者パーティを始め、騎士や冒険者。多くの人々が数多の試練と困難と悲劇を乗り越え、ついに決戦の時が来た。
今宵は決戦前夜。勇者と、勇者を幾度となく助けた盾使いの冒険者は共に過ごした過去を懐かしむ――。
登場人物
冒険者:カモミール | ・リアトリスが育った小さな村で暮らしていたリアトリスの幼なじみ。 ・めんどくさがりで口が悪く、不器用な性格。 |
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冒険者:カモミール | ・リアトリスが育った小さな村で暮らしていたリアトリスの幼なじみ。 ・めんどくさがりで口が悪く、不器用な性格。 |
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勇者:リアトリス | ・リアトリスが育った小さな村で暮らしていたカモミールの幼なじみ。 ・真面目でまっすぐ。カモミールにだけは素の勝気な性格が強く出てしまう。 |
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勇者:リアトリス | ・リアトリスが育った小さな村で暮らしていたカモミールの幼なじみ。 ・真面目でまっすぐ。カモミールにだけは素の勝気な性格が強く出てしまう。 |
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本文
【リアトリス】
はぁ……やっと見つけた。決起集会なのに堂々とサボるなんて、随分と好き勝手するじゃない。
【カモミール】
その集会の大主役殿が、こんなところで遊んでていいのかよ。
【リアトリス】
別にいいでしょ。明日の戦いで全てが終わるんだから、今日くらい自由に生きるわよ。
【カモミール】
勇者の口から出る『自由』の言葉は、ちょっとばかり重いねぇ。
【リアトリス】
その重みを一緒に背負ってくれるって約束したアンタが何言ってんのよ。
【カモミール】
たまに行く先で勇者パーティと一緒になった時は手伝ってやったろ。
【リアトリス】
本当に時々じゃないの。いっつも気まぐれなんだから。
【カモミール】
己の為に自由に生きる。冒険者はまさに天職だったってことなんだよ。
【リアトリス】
本当に時々じゃないの……はぁ、昔からいつも気まぐれなんだから。
【カモミール】
その日の自分自身に正直に生きてるんだよ。おかげさまでストレスとは無縁な毎日だ。
【リアトリス】
こっちはストレスで擦り切れそうよ。本当に行く先どこでも事件が起きて大変だったんだから。
【カモミール】
そうだったみたいだな。冒険者のギルドじゃいつだって勇者のことが話題だったからな。リアがどこで何してるか、調べるまでもなく分かったぞ。
【リアトリス】
うわ最悪……それじゃ、アロエの街でロベリア将軍に負けたことも知ってたってこと?
【カモミール】
街は魔王軍に占領されたが、勇者は街の人が避難するまで戦い続けた後、どうにかして生き延びたってな。あの時は1年くらい引きこもってたんだろ?
【リアトリス】
なんで引きこもってたことまで情報が流れてるのよ……。あの時は本当に死ぬかと思ったし、本当に自信を無くしたんだから。
【カモミール】
それでも、療養していた村の近くの鉱山に魔王軍がやってきた時は、助けに行っただろ?
【リアトリス】
だって、そんな怯えて何もできなくて、アロエの街の人たちからは石とか卵とか投げつけられて。でも、村の人たちは文句も言わずに優しくしてくれたから。
【カモミール】
坑道でリアを見つけた時、足が小鹿みたいにプルンプルン震わせてたもんな。あれには俺も、どう声をかけたもんかと悩んじまったよ。
【リアトリス】
それで言うことが、「お嬢ちゃん、怖いならとっととお家に戻って畑仕事でも手伝いな?」 なの? 本当に悩んで浮かんだ言葉なの!?
【カモミール】
それくらい、戦う顔をしていなかったからな。新しい盾を作りたくてミスリル発掘に来ただけだったから、魔王軍がいることもリアが居たことにも驚いた。
【リアトリス】
驚いたのはこっちの方よ。勇者の騎士として派遣されてきた人がミールじゃなかったから、騎士団にでも所属してるのかと思ったら、冒険者になってるんだもの。
【カモミール】
騎士学校なんか2年も経たずに辞めて早々に冒険者になったからな。それにしても、村を12の時にお互い離れたから……6年ぶり? くらいの再会だったって言うのに、随分と痛烈なスキンシップだったじゃないか。
【リアトリス】
それはミールが悪い。約束を破って冒険者になってて。それがどれだけ寂しかったか。ミールは何も分かってない。
【カモミール】
あの平手打ち、本当に痛かったんだからな? 回復薬飲んだんだからな? それに、俺より優秀で腕の立つ男が来たんだから、それで良かっただろうに。
【リアトリス】
やっぱりミールは分かってない! 私が来て欲しかったのは! 私が一緒に旅をしたかったのは!! 私を勇者としてじゃなくて、1人のヒトとして見てくれて! 一歩引いて支えるんじゃなくて、肩を並べて歩いてくれて!
【カモミール】
リア……。
【リアトリス】
私がただの農夫の娘だって知っていて! 心配されるよりも軽い冗談とか飛ばしながらいつも通り接してくれる方が好きだって知っていてくれて! 決して1人で戦わせないって約束してくれた! そんな人と一緒に旅がしたかったって! どうして分かってくれなかったの!?
【カモミール】
まるで痴情のもつれみたいな話だな。
【リアトリス】
ちじょ……!?
【カモミール】
感情がすれ違ったんだから、似たようなもんじゃないのか?
【リアトリス】
そうかもしれないけど。
【カモミール】
でも、そうだな。一緒に入れなくて悪かった。約束も破ってごめん。それはちゃんと謝る。
【リアトリス】
もういいわよ。どんなに頑張っても、過去には戻れないし、欲しかった日々は帰ってこないんだから。けれど、1つだけいい?
【カモミール】
金庫屋に預けている金貨の受け取り用の合言葉以外ならいいぞ。
【リアトリス】
どうして、騎士学校を辞めちゃったの?
【カモミール】
それは……。
【リアトリス】
これあげるっ!
【カモミール】
って、おい。いきなりオレンジを投げるな。捕れなかったらどうすんだ!
【リアトリス】
それ、もう1個っ!
【カモミール】
もう1個ってお前、それは捕れないって……。おい、リア。食べ物は粗末にしちゃいけないだろ。
【リアトリス】
左手。
【カモミール】
そもそも、食べ物を投げるってところがダメだろう。農家の両親が悲しむからさ。
【リアトリス】
何も持ってない左手で取ること、できたでしょ。
【カモミール】
リア、ずっと気づいていたのか?
【リアトリス】
当たり前じゃない……って言いたいけれどね。最近までは気づきもしなかったわよ。
【カモミール】
そりゃ、気づかれないようにしてたからな。その為にパーティを組まずにやってきたんだ。
【リアトリス】
どうして隠す必要があるのよ。正直に話してパーティだって組めばよかったのに。
【カモミール】
片手がまともに使えない奴なんてパーティに入れるお人好しはいねぇよ。それに、ギルドだって依頼に行くのを止めて来るだろ。
【リアトリス】
止められる程に無茶をしてるってことじゃない。
【カモミール】
無茶もするだろうが。そうでもしないと魔物と戦わせても貰えない。騎士でも冒険者でもなかったら、助けの声すら届かないんだ。
【リアトリス】
どうしてそこまでして。
【カモミール】
はぁ……。そうでもしないと、カッコ悪いだろうが。
【リアトリス】
カッコ悪いって、そんな理由で?
【カモミール】
はぁ……。そうでもしないと、カッコ悪いだろうが。一緒に戦うって約束したのに。騎士学校で早々に怪我して騎士学校から追い出されて。
【リアトリス】
そんなに前から……。
【カモミール】
触んな触んな。見せもんじゃねぇんだ。
【リアトリス】
あっ、ごめんなさい。痛かった?
【カモミール】
途中から感覚もなくなった。斬られたって痛みすら感じねぇよ。
【リアトリス】
そ、そうよね。動かせないんだから、感覚もない……わよね。
【カモミール】
まぁ、それでも。戦う気力も力もあったからよ。一緒に旅ができなくても、どこかの町や村を守って。少しでも役に立てればいいと思って冒険者ギルドに流れ着いたってワケだ。実力さえ見せれば、それ以上は問われないしな。
【リアトリス】
それじゃ、約束のことは。
【カモミール】
本当に忘れるほどに薄情な奴が、魔王軍への奇襲部隊に参加すると思うか?
【リアトリス】
ミール……。
【カモミール】
12でお互いに村を離れて、13年だ。ようやく……ようやくリアに追いついたんだ。だから今日はめでたい日なんだよ。なのにそんな暗い顔すんなって。
【リアトリス】
そうよね……随分と待たせてくれたんだもの。遅いじゃない! くらいは言った方がいいのかしら?
【カモミール】
人様の努力を何だと思ってんだ。いっちょ前に勇者らしい偉そうな態度を覚えやがって。
【リアトリス】
ミールは、冒険者らしい捻くれた態度を取るのが上手くなったみたいだけれど?
【カモミール】
捻くれたくらいで丁度いいんだよ。吹けば消えるロウソクみたいな生き方をしてんだから、利害の一致がなければ関わらないに越したことはないだろ。
【リアトリス】
でも、魔王軍を倒して、魔族との戦いが終わったら村に帰るのよね?
【カモミール】
いや? 村には帰らないし、このまま冒険者を続けるつもりだが?
【リアトリス】
どうしてよ。おじさんもおばさんも、帰ってくるのを待ってたわよ。
【カモミール】
なんでそんなこと知って……いや、そうか。最後の戦いになるからって一度村に帰省したんだったか。
【リアトリス】
そうよ。その時にミールの家族とも会って来たんだから。
【カモミール】
……オヤジとおふくろ。元気そうだったか。
【リアトリス】
もう、凄く元気。おじさんはずっと畑仕事してたし、おばさんの料理も凄く美味しかった。ミールが帰ってくるまで、病気にならないで働くんだーて言ってたわよ。
【カモミール】
そうか。でも、戻ったところでこの手じゃ仕事の役にも立たないだろうし。1人で満足に着替えも出来ねぇ親不孝な息子が居られるほど裕福でもないからな。
【リアトリス】
小さい頃から旅に出て一度たりとも帰って来ない方が、ずっと親不孝者だと思うのだけれど?
【カモミール】
それに、冒険者として俺にだけできることだって沢山あるんだ。魔物や魔族だって、全部が全部消えるわけじゃないし、盗賊だってまだまだ多い。むしろこれからの方が、冒険者は必要とされるかもしれない。
【リアトリス】
はぁ……全く。だったら、それも含めて一度だけでも会って話をしてみればいいんじゃない?
【カモミール】
それくらい、手紙で……。
【リアトリス】
本当は、その手のことで自分の事のように悲しむおじさんとおばさんの顔を見たくないんでしょ。
【カモミール】
なんだよ、分かってんじゃねぇか。
【リアトリス】
分かるわよ。生まれてから村を出るまで、ずっと一緒だったんだから。おじさんに𠮟られるよりも、その後に申し訳なさそうな顔をするおじさんの顔を見る方が嫌だったり。
【カモミール】
それはリアもだろうに。勇者に選ばれた夜に不安で泣いて両親を困らせちゃったからって、1年間も俺の家に家出して来たの覚えてるからな?
【リアトリス】
家出を辞めて家にもどった後、寂しいからって私の家まで付いてきてお泊まりしたことまでも、ちゃんと覚えてるわよね?
【カモミール】
その日から1週間に一度くらいのペースで俺の家に泊まりに来るようになったことなら覚えてるけどな。
【リアトリス】
ミールだってそれくらいのペースで私の家にも遊びに来てたじゃない。
【カモミール】
山に修行しに行く時に通り道だったからな。それに、リアのお母さんがリアの家を通る度に手招きしては何かしらをご馳走してくれたしな。
【リアトリス】
お母さんは、ずっと私のことを心配しててくれたから。私が勇者に選ばれて、それまで仲良くしてた他の子たちも一緒に遊んでくれなくなっちゃったし。ミールくらいだったわよ。今までと変わらずに接してくれたのは。
【カモミール】
そんな使命がなんだってんだよ。一緒に居て楽しいから一緒にいる。地位とか立場とか環境とか。そんなことを言い始めたらキリがねぇんだ。悩まなかったワケじゃないけどな。
【リアトリス】
それじゃ、あの時の約束って……!
【カモミール】
一緒に居る為には、俺が強くならなきゃいけなかった。肩を並べる強さを得て。勇者の騎士として認められる。そうすれば、貴族様だって納得してくれるだろうよ。
【リアトリス】
ねぇ……ミール。
【カモミール】
どうした、急に改まって。ギルドバンクに預けてる金貨を降ろす合言葉は教えないぞ。
【リアトリス】
もし魔王軍に勝てて、ミールがまた旅を始める時が来たら。私も連れて行って。
【カモミール】
リアこそちゃんと家に帰って親孝行しろや……。勇者に選ばれてから、一番気が気じゃなかったのが両親だろうに。
【リアトリス】
定期的に帰って来ればいいじゃない。それならミールも定期的におじさんとおばさんのところに連行……合わせてあげられるし!
【カモミール】
……まぁ、全部が片付いたら考えようぜ。全ては明日。魔王って奴をぶん殴ってからだ。
【リアトリス】
そうね、ミール。その為にも決起集会には出てもらうから。
【カモミール】
……その馬鹿力に掴まれたら、離れようがねぇって。もう好きにしてくれ。
【リアトリス】
もちろん、そのつもりよ。ここぞとばかりに私にちょっかいかけてくるおじさん達を蹴散らしてもらうんだから!
【カモミール】
それはもう護衛の依頼なんじゃないか。
【リアトリス】
だったら、なんだって言うのよ。
【カモミール】
報酬がなければ置物にしかならないからな。
【リアトリス】
分かったわ。報酬ならちゃんとあげるから。
【カモミール】
どんな報酬なんだ?
【リアトリス】
それはね……。
【カモミール】
それは?
【リアトリス】
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